脳性麻痺についてのあれこれ

横浜BAYFCの皆さんCPサッカー全日本選手権優勝おめでとうございます!たまにではありますが、普段関わらせて頂いているチームの優勝、心から嬉しいです。

 

 

CPサッカーが話題なので脳性麻痺について少しかきます。

自分が福祉×FOOTBALLのテーマで講義するとき、各競技を入り口にその障害の特性を説明します。

なぜこういったルールがあるのかなどを考えてもらうことはありますが(例えば「なんでデフサッカーでは主審もフラッグを持っているでしょう!?」とか)、基本的に競技についての話はせず、障害について知ってもらうような内容です。

 

 

ですが、ブログですのでCPサッカーについて触れながら。

CPとはCerebralPalsy(脳性麻痺)の略です。CPサッカーのプレイヤーには、出生時や出生後数週間以内に脳に酸素が足りないなどの原因で起こる先天性の人もいれば、交通事故による脳障害や突発的な脳出血や脳溢血が原因の人もいます。

麻痺といっても三者三様で麻痺が起こる部位も度合いも違います。単麻痺(両手足のどこか一肢)片麻痺(左右どっちかの手足)、対麻痺(両下肢)、両麻痺(両手足が麻痺だが比較的上肢が軽い)、四肢麻痺(比較的重度で両手足)

自分が仕事で関わる方が多いのは四肢麻痺で車椅子に乗車されている方です。知的障害との重複障害の方も多くいます。

 

CPサッカーは麻痺の度合い的には歩行や走行が可能な選手であり、歩行が難しい麻痺が強い方は電動車椅子サッカーをされていたりします。つまり脳性麻痺者は全員CPサッカーをしているわけじゃありません。電動車椅子サッカーチーム横浜クラッカーズの三上ユウキはCPです。

ちなみにCPサッカーは車椅子バスケのように、障害の種類や度合いが違う選手のなかである一定の種類の方を1人以上や1人以内などの制約の中でメンバー選考をするというルールがあります。

 

JCPFAのHPより→http://jcpfa.jp/about/

脳性麻痺の方には流暢に話す方もいれば、言語障害を持っている方もいます。言葉が少し聞き取りづらい構音障害を持っている人も多くいます。テレビタレントだとバリバラの玉木幸則さんなんかはそうですね。

 

最初は聞き取りづらくてもだんだん聞き手のチューニングが合ってくれば分かるようになってきます。施設の利用者との会話でもそうですが、わからなかったらちゃんと聞き返すことが大事。分からないのにその場を取り繕う返事は相手に伝わるし、後々の会話で「やっぱあの時伝わってなかったんだな」ってなると思います。

話は逸れますが昔ALSという進行性疾患の方でバイパップという呼吸器をつけている方がいました。その方は球麻痺といって言語障害や嚥下障害が起こる麻痺のため言葉がとても聞き取りづらかったのです。それに呼吸器の「ヒュー!ヒュー!」という音が重なり、中華街の喧騒の中では言葉を聞き取ることは至難の業でした(車椅子を後ろから押しているので口元も見えません。行き先を指示してくれたり、雑談をしながら外出をしていたのですが、自分が話しを先回りして激怒されました。5年かけて築いた信頼は1日でなくなりました。

 

ちなみに脳性麻痺と聞いて健常者は対岸のことと思われるかもしれませんが、日本人の三大疾患の脳卒中(あとガン、心筋梗塞)にかかると身体に麻痺が残ったり、構音障害になることがあります。僕の祖父は脳梗塞後の処置が遅く失語症、両麻痺になりました。つまり高齢になれば身体に麻痺を持つリスクも高まります。

そして個人的に脳性麻痺の先人から多くのことを学んでいます。サッカーからは離れますが障害福祉を切り拓いてきたのは脳性麻痺当事者の功績が大きいのです。1970年代はまだ障害者に対する差別が強烈に残っていて、入所施設も人目がない山奥(やまゆり園もその時期)であり施設というより収容所の色が濃くあったと思います。

公共交通機関も障害者の乗車を拒否するなど世間は車椅子ユーザーや見た目からの差別を普通にしていた時代です。親も障害を持つ子供を外に出さないなど隠す風潮があったため、バリアフリーの視点などはなかったわけです。そこに青い芝の会をはじめとする脳性麻痺者の当事者団体や個人が出てきます。

府中療育センターでのストライキ(新田勲さんや新田絹子さん)や川崎バス闘争(乗車拒否に対してバスの前で座り込みや実力行使をした)で世の中に一石を投じ続けることで現在のユニットケアやバリアフリーに繋がっている。ここら辺は記述するとめちゃくちゃ長くなるので割愛!

障害福祉を仕事にする上で脳性麻痺の歴史から多くのことを学び、プライベートではCPサッカーからたくさんの良い経験をさせてもらっています。横浜BAYFCやASユナイテッド、アミザーデサッカー大会など多方面との関わりを持てていることが本当にありがたく、今後とも関わらせて頂きたいです。

脳性麻痺を部分的にしかお伝えできませんでした。まだまだお伝えしたいことはたくさんありますが、またの機会にしますね。

それではおやすみなさい。

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