みんなで気軽にサッカーしようぜ

とても心地がよかった。濃密な2時間。

障害者サッカーと初めて関わったのはいつだったかは曖昧。多分7歳とかそのくらいに父親が勤めていた知的障害者施設で暇でボールを蹴っていた時、お兄さんに相手をしてもらったことを薄らと覚えている。今思えばその人はその施設の利用者だったのだと思う。

 

小学校4年生の時、その知的障害者施設でのサッカー大会にも参加させていただき、ちやほやされたのが嬉しかった。

 

大学受験の時はその記憶が残り、福祉の現場で働くことを決めていた。周りは高校2年生で就職先をイメージするのは難しかったかもしれないけど、自分は当たり前のように迷わなかった。今思えばサッカーに導かれた進路だったのかもしれない。

 

フリースタイルフットボールを始めたころに父親の提案でその知的障害者施設でサッカー教室をやらせてもらった。拙いパフォーマンスもして、リフティングもみんなでして、最後に試合をしてとても楽しい時間だった。

 

社会人になり、職場の先輩のお子さんが知的障害者サッカーチームに所属しており、合宿に誘われ帯同した。それが6、7年前だと思う。中度から重度のプレイヤーもいて、勝ち負けではない、ボールを一緒に蹴る楽しみを味わうサッカーを知ることができた。

 

社会人になるまで知的障害者サッカーとしか関わりがなかった。そこからは人とのつながりを頼りに様々なサッカーを知る事となった。7競技もあるなんて知らなかった。

 

メリメロが障害あるなし関係なしのごちゃまぜサッカーをしていた。中村祥子を入口にデフの友達がたくさんできた。アンプティーサッカーを生でみたのもメリメロだった。新井さん(アウボラーダ)とのパス交換は衝撃を覚えた。

長谷川健の医療福祉職を集めたフットサルチームに所属し、障害者サッカーのチームと練習試合もした。ボスコネクストとの試合でソーシャルフットボールと初めて関わった。

同じく長谷川健のチームスマイルサラダでは障害とか健常とかのくくりすらないサッカーを体感できた。長谷川健は勝手に同志としている。

 

アミザーデサッカー大会では障害を持つ人も、大会を支えるスタッフとも2回しか会ってないのに仲間にしてもらえた。遠い地北陸に多くの仲間ができた。

ショートステイで入所していた野田さん(横浜クラッカーズ)に夜勤中電動車椅子サッカーを教わり、試合の応援に行った。真島さんを紹介していただき、気が合う気がした。真島さんはとにかく熱い男だった。横浜の塚田農場で語りまくった。

フリースタイルフットボール協会主催のブカツの参加者として出会った中村さんは長らくCPサッカーチームASユナイテッドのコーチをしている大先輩だった。手話も気付いたら上級者になっていた。

 

CPサッカーの横浜ベイFCの皆さんには結婚祝いまで頂いた。

ツイッターで同性同名の浅井徹さんを発見し、ミーハー気分でフォローしていたら彼は横浜在住のソーシャルフットボーラーだった。ポルトカップにボスコの応援に行った時連絡を取り合って初対面を果たした。出会い系の待ち合わせを疑似体験した。後日、浅井徹同士のマッチアップも実現した。

そんな彼の相棒である松本力さんはハイクオリティーの障害者サッカーブログを発信している人だった。実際に現場に行き、足で稼いだ経験を沢山ぼくに教えてくれた。

たぶん人に恵まれているんだと思う。そういった仲間との話で自然にでてきた「今度フットサルしましょうよ」から始まった先日のフットサル。

イベントでもなんでもなくて、仲間内を集めて忘年会がてら「みんなで気軽にサッカーしようぜ」って始まった。けど、蓋あけたら「いつか実現できたらいいなぁ」と思っていた人との関わり合いがあった。

みんながすげー笑ってボール蹴ってる。

このコートが社会の縮図となるよう自分にできることをしていきたいと思いました。

みなさん、また気まぐれに声をかけます。たまーにみんなで気軽にサッカーしましょう。そんで呑みましょう。

 

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