あの時の脳性麻痺者は今どこで何してるのだろう

「こら!!そんなこと言わないの!」と厳しく注意された。不機嫌であることはあったが叱ることは滅多になかった母から言われた言葉を急に思い出した。なぜか急に…

昨日実家に置いてある荷物の整理をした。卒業アルバム、文集、ユニフォーム、写真など懐かしいものが続々。

自分は過去のことをよく覚えていなくて、過去半年の記憶ぐらいしかあまりない。

幼い頃から今までの人生ハイライトのような荷物整理をしていると、現在に至る連続性を感じる。

直感でその時々の選択をしてきたと思っていたけれど、心の深いとこでやはり原因と結果が結びついている。

そのような昨日があり、先ほど子供を寝かしつけてベランダでゆらゆら揺れている時(今日サブスク解禁RADWIMPSを聴きながら)に「あの時のお兄さん何してるんだろう」とふと思った。

頭に浮かんだ「あの時のお兄さん」とは実家のマンション前に広げていた八百屋の従業員。店長みたいな人と「あの時のお兄さん」の2人しかいない八百屋。

2人とも頭に鉢巻きとか巻いて、ザルに小銭やお札を入れている昔ながらの八百屋だった。

冒頭の「こら!!そんなこと言わないの!」と注意されたのはお兄さんが変わった歩き方をしていて、「なんであの人あんな変な歩き方してるの?」と母親に尋ねたからだ。

悪気がなかったかと言われたら分からない。覚えていないけれど、もしかしたら浅井少年の顔には嘲笑するような表情が浮かんでいたのかもしれない。

逆にそうでなければ母親がそこまで怒るとも思えないから。

今思うと「あの時のお兄さん」は両下肢麻痺、構音障害のある先天性脳性麻痺の人だった。

それは今から約30年弱前のことだ。今と比べて障害を持つ人が外を歩いているのを見かけることが少なかったと思う。

時代背景を思うと、障害者の労働がまだまだ一般的でない中で「あの時のお兄さん」は活き活きと働いていた。野菜を並べるなど体を使う仕事で身体障害者を雇用していた店長の理解があってのことだとも思う。

注意されてからはお兄さんと何度かコミュニケーションをとった。

小学校にいた知的障害を持つ同級生に対していい意味で無関心でいられたのも、友人がその子をバカにしていた時に母親のように注意できたのも

その体験があったからかもしれない。

もし母親も浅井少年同様に嘲笑する人であったら全く別の人生だったかもしれない。

お母さんありがとう。母の日だったから割烹着とお菓子をプレゼント(妻用意)。本当にいつもありがとうございます。

サッカーを通じた共生社会づくり

【第3回KAKEHASHIスタディカフェ】

ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました!

KAKEHASHIスタディカフェは繋がりを生むことを目的とした勉強会懇親会です。今回は日本障がい者サッカー協会専務理事である松田薫二さんをお招きし「サッカーを通じた共生社会づくり」といったテーマで開催をしました。

以下に当日の様子と考察を記します。

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●第1部「無知が偏見や差別を生む」

7つの障がい者サッカーについて、また世界で実施されているマイノリティに関するサッカーについてを知ってもらうことで障害理解を深める時間となりました。

導入では、偏見や差別が生まれる理由、そして偏見へ対応策としての7つの障害者サッカーの説明の話がありました。

そして百聞は一見にしかず、実際に7競技の動画鑑賞をした後、日本障がい者サッカー連盟(JIFF)が生まれた経緯、社会的背景などをお話しいただきました。

JIFFの理念は「広くサッカーを通じて、障がいの有無に関わらず、誰もがスポーツの価値を享受し、一人ひとりの個性が尊重される活力ある“共生社会の創造”に貢献する」。

そしてその理念に沿った具体的取り組み、障がいや共生社会に対する考え方の変遷、共生社会に関する調査データなどを基に本日のテーマの輪郭が次々と浮かび上がってきました。

共生社会が進まない構造上の問題を確認した後にグループディスカッション①を行いました。

●ディスカッションテーマ①

「共生社会を阻んでいるものは何か」

当日の参加者(24名)を『KAKEHASHI』『スタディ』『カフェ』の3チームに分け自己紹介後にディスカッションテーマについて議論をしていただきました(ファシリテーターを担当してくださった方ありがとうございます)。

やはりどのチームからも「無知であること」「知らない」という意見があがりました。そして「知るツールがない」こと「障がいを持つ人と交わらないよう制度で分けられている」などの意見もあがりました。

法律の見地から「作為」「不作為」に関するお話し、「多様な文化に触れる機会がない」こと、「変化に弱い」人を具体的にあげてのお話しなど多くの共生社会を阻むケースや具体例が出たディスカッションとなりました。

●第2部「まぜこぜの遊びの場が偏見や差別を減少させる」

「インクルーシブフットボールフェスタ」「まぜこぜスマイルウォーキングサッカー」の開催を例にJIFFの共生社会創造のための取り組みのお話しをしていただきました。

JIFFはスポーツを通じて、「遊び」→「障害理解」が進むことに着目し、障がいの有無、老若男女関係なく一つのチームで試合をしたときに生まれる価値観のすり合わせを実現しています。

また、ウォーキングサッカーという走ってはいけないサッカーの普及により、フィジカル(身体能力)の差や怪我のリスクを低減させ同じコートに立てる環境作りを進めています。

共生社会の実現のために必要な視点やアイデアが詰まっているお話しを伺うことができた第2部講演となりました。

●ディスカッションテーマ②

「共生社会を阻んでいるものを打ち消すための方法・アイデア」

前半のディスカッションを受け、具体的にどうすれば共生社会が創造できるのかという議論をしていただきました。

『KAKEHASHI』チームからは「防災」という全ての人が課題解決のために同じ方向を向くことができるケースを切り口に考えることはできないかという斬新なアイデアが飛び出しました。

コンビニや音楽など接点を持つ人が多いと考えられるものから発信をしていくという意見や、知的障がいを持つ当事者がデザインをしたユニフォームを作り大会で参加者に来てもらうという実際に過去に行った事例も出ました。

「学習指導要項を変える」という制度に着目した意見、「道徳の授業などで当事者との接点を増やす」といった意見、「様々なコミュニティに所属する必要性」について、リエゾン笠間利用者から「当事者講演を学校で行なっている」という実績に関するお話しもでました。

「KAKEHASHIスタディカフェのような場を多く作る」という有難いご意見も!

それぞれのグループではきっと共有の時間では伝えきれなかった様々なアイデアが出ていたのだと思います。

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ディスカッション終了後には参加者からの感想を伺いました。療育現場で務める方からの意見には感銘をうけました(内容割愛)。法政大学サッカー部学生の感想からはこれからの社会に希望を見出すことができる言葉を聞くことができました。厚生労働省という広く影響を与える立場の参加者からは「気づきやアイデアを持ち帰り実践していきたい」というお言葉をいただきました。

また、障害当事者の立場から社会への率直な意見もあり、終盤で話に展開も生まれました。

正直全員から感想を伺いたかったです。最後に講師の松田さんより総括をしていただき「スタディ」を終了としました。

懇親会ではディスカッションで語りきれなかった話や参加者同士で新しい活動が生まれるような話をとても和やかな雰囲気のなかされていました。

参加者同士の「架け橋」になるような会にするという目標は達成できたようです。

今年度のKAKEHASHIスタディカフェは今回で最後となります。チャレンジ応援プロジェクトとして私がプレゼンをさせて頂いたところから始まったこの企画、本当に様々な人と繋がり学びを深めることができた時間となりました。

関わってくださった皆様本当にありがとうございました。

 

障害を持つ”こども”とその”親”

最近、障害を持つ子どもと親の親子関係について研究をしている人と知り合った。

仕事柄、障害を持った方の家族とお話しする機会が多々ある。特に短期入所の部署にいた時はより近くで親子関係の難しさ、制度の不条理さをみてきた。

自分自身、昨年に第1子が産まれ「この子に障害があったとしたら」という考えが浮かぶことは1度や2度ではない。

妻ともそういった話をする。けれど具体的な話には発展しない。それはやはりどこかで恐れがあるからだと思う。

しかし、1番の原因は障害を持つ子の親になったことがないから分からないしイメージが湧かないからだと思う。

だから少し考えてみたいと思った。

もちろん、仕事上制度的な知識やケースを知っている。一般的な親よりはそういった福祉面のことは知っている。

しかし、やはり別物だと思う。

そこには当事者性が帯びるし大きな大きな人生の転換点となるはず。いかに自分が他人事として今まで接していたかを突き付けられるはず。

同じ障害といっても障害の種類、程度、本人の特性によって千差万別。

身体障害

精神障害

発達障害

知的障害

親子関係において子供に対して養育義務があり、その過程で子から依存されながらも自立に導いていくことが子育てだとする。

そうした時、概ね中途障害(健常の人が交通事故や病気で人生の途中で障害者になること)の方や身体障害、精神障害の方で自分の考えを持ち自己決定、自己選択ができる人は、構造的に一般とされる親子関係に近いと思う。

もちろん身体障害を持つことで社会との接点(バリアや社会参加の制限など)において不便が多くあり、親が介入せざるを得ない場はたくさんあるはずだけど。

それに対して、子育てにおいて親の立場になった時、発達障害(自閉症など)や知的障害を持つ子に対して自己選択・自己決定を委ねていくのはなかなか難しい。

自分の子供が可愛く親心を持ったその時から、子どもから「苦しみ」とか「不幸」からなるべく遠ざけたいという気持ちが生まれると思う。

それが親心だと思う。実際今の自分はそんな気持ちでいっぱい。

「パターナリズム」という言葉がある。温情家父長主義といい、いわゆる善意あるおせっかい。子供のためを思って親が選択をしてしまうこと。昭和のお父さんが「お前は大学に行きなさい!」っていうあの言葉に代表される日常の細々した親による選択もパターナリズムになりうる。

子供が自立していく過程で本人の意思を尊重して親子で意見のすり合わせをするし、親が心配性であれば長引き、親が放任主義であれば早い時期に子供は勝手に自立するかもしれない。

自閉症や知的障害を持つ人が自己選択をするのに十分な情報(例えば絵や音、タイミングなど本人にあった方法)が乏しい世の中で自生できるかというとそれは難しい現実があり、本人が不利益を被る可能性が大きい。

親は我が子が赤子から成人にいたるまでその不安と隣り合わせでいることで「自立をさせる」というタイミングや機会がほとんどないと言っていいと思う(想像だけど)。

もしかしたら放任することで”死ぬかもしれない”といっても大袈裟ではないケースが多々ある。

家族や親は終わりのない障害を持つ我が子をサポートしていった末、精神的負担が大きいし、経済的問題もでてくる。

子供が他の子とコミュニティが変われば(支援学校への進学など)孤立もする。夜眠る間もないことからの身体的負担もある。全てにおいて大きな負担があることに変わりはない。

そのような負担が大きい中、子離れをすることは大きな大きな「エネルギー」と「強い決意」が必要だと思う。胸を引き裂かれるような想いにも耐えなくてはいけない。

自分の子供を社会の大荒波に放り込む決断などできない。それが本人にとっては一番いいはずだと頭では分かっていても。任せることができるほどの社会が整っていない。

しかし、重度の知的障害を持ちながら意思決定支援を受けて自立生活をされている当事者の方もいる。

自分はその親御さんのお話しを是非とも聞いてみたい。自立生活に至り、現在にわたってサポートされている支援員にも話をききたい。

とにもかくにも「子離れのし難さ」には親心と環境の両面があるのだと思う。きっと環境が整えば親心にも変化が現れるのではとも思う。

日本社会は「家族が子供の面倒を全面的にみて、お金があればサービス使って、どうしようもなければ国が援助」という根本の文化(?)がある。

そこから少しずつ制度も整ったのかもしれないが、その価値観から抜けきっていない社会では差別意識も残り、「税金で…」とかいう心ない言葉を発する人間がまだいる。

自分の稚拙な考えを書きます。

自立生活センターの運営を行政が経済的にサポートし(運営のマンパワーとしては当事者が半数以上と決められている)、自立生活センターの存在を拡めていくのがいいかなと思う。

自立生活センターには(http://www.j-il.jp/about/ilc.html)

●自立生活プログラム

●介助サービス

●ピアカウンセリング

●住宅サービス

などの機能があるらしいが機能の拡充が当事者から望まれているのであれば積極的に経済的支援をするべきだと思う。

障害者が早い時期にアクセスできるように啓発していくことで、親の精神的負担軽減や他の障害者のロールモデルを知ることができることで自立させる気持ちが醸成されてくるかもしれない。

そして障害者自身が仕事として関わることができる場が拡がっていくことで社会の偏見や無知を是正できるかもしれない。

これは自分の想像でしかないので、杉山健太郎さんや川崎良太さんに意見を是非伺いたい。

もし自分の子供に障害があった時、自立生活センターピアカウンセリングやSST(ソーシャルスキルトレーニング)を通して子供に自己肯定感を持ってもらいたいし、親としては子離れの気持ちの準備や安心材料をかき集めたい。そこには活きいきと働く当事者がいるはずだからだ。

身体障害、精神障害の自己決定自己選択が比較的できる人は環境が整えばうまく適応ができるかもしれない。

知的障害や自閉症によって自己決定自己選択が難しい方にとっても「難しさ」を共有した上での関わりは大きな力と大きな安心になるに違いない。

過半数以上が当事者で成り立つ組織であるからこそ、障害者総合支援法の傘下の事業所には提供できない価値がある。

重度の知的障害の方が親から距離を置いて生活できる環境は現実問題おそらく今後も少ない。

もしあるとするならば、「理解ある地域」「サポートしてくれる組織」「緩やかな横の繋がり」がある小さなコミュニティなんじゃないかなと今の自分は思う。

  • 親が子離れする心境を想像する近頃だったので取り留めもなく考えてみました。

ご報告

「理想の社会縮図をコート上に作りたい」

お隣さんが困っていたら手伝うという小さな行動の積み重ねを目的もなく。なんの下心も申し訳なさも感じずに「ありがとう」が「どういたしまして」で精算されるような間柄がいい。いつも「お互い様」と笑っていたいし、誰かの配慮をあてに足を運べるような、、

そんなコートを作りたい。

 

障害者サッカーは7種目あります。

●知的障害者サッカー(FID)

●精神障害者サッカー(ソーシャル)

●電動車椅子サッカー(パワーチェアー)

●脳性麻痺者サッカー(CP)

●切断者サッカー(アンプティ)

●聴覚障害者サッカー(デフ)

●視覚障害者サッカー(ブラインド)

世には自転車サッカーもあるし、おはじきサッカーもあるし、シニアサッカーもジュニアサッカーもある。最近では視線でロボットを動かしてサッカーをしている動画も見かけた。サッカーはやはりキングオブスポーツではないだろうか。

今となっては様々なインクルーシブイベントやJIFF(障害者サッカー連盟)の設立によってカテゴリーを飛び越えた交流が活発に行われています。

ありがたいことに自分は様々なご縁に恵まれ以前から各カテゴリーの当事者、とりまく関係者と交流をする機会がありました。

サッカーは言語の壁を越えるし、世代の壁も障害の壁も越える。そんなことを信じてやまない自分は同じ熱量を持つ仲間内でミキサーを始めました。

ミキサーとは「ミんなでキがるにサッカーしようぜ」の略であり、「混ぜ合う」という意味をかけた造語。

 

そう、気軽にサッカーを楽しみたい、楽しんでもらいたいと願い始めたのがミキサー。

カテゴリーの壁を越える時に当事者は注意書きに目がいくはず。バリアフリーはあるのか、自分が参加してもいいのか、迷惑にならないか、、

そんな負の配慮は不要な場をとりあえず作りました。最初はたくさんの準備をしました。参加者に怪我がないように、事前に参加者の情報を仕入れてのルール設定、リスクヘッジ、進行の想定を繰り返しました。参加者は楽しめるのか、交流ができるのかを心配して運営メンバーでたくさんの話し合いを重ねました。

結果、、参加者はみんなサッカーバカでした。サッカーを楽しむために普段はリミットがかかっている「お隣さんへの配慮」を惜しみなく発揮してくれました。

回を重ねるごとにその配慮の連鎖は続き、輪は大きくなり、運営メンバーが思い悩まなくても済むという事態がおきたのです。

 

話しは変わりますが、離島で暮らしている人が不便を不便と感じずに生活できているのは同じ島で生きるお隣さんという仲間意識により支え合う文化があるからだと思います。困った時は「お互い様」と笑って助け合う関係性。

それが現代は希薄になっているのは皆の知るところです。ミキサーはサッカー好きにピントを合わせることでそのような仲間意識が生まれたのかもしれません。

目が見えない人を参加者がアテンドする。

 

電動車椅子サッカーのボールだと音が鳴らず、目が見えない人が困った時にビニール袋にボールを入れてボールの在処がわかるようにする。

耳が聞こえない人のために回り込んでパスを要求する。

動きやすい方の足にパスをする。

などあげたらキリがありません。

最近は「どうやったらミキサーのようなイベントを開催できるのか」という相談が舞い込みます。いつも返答に困ってしまいます。それはミキサーはマニュアルやノウハウではなく、配慮できる参加者の集合体だからです。イベント作りというよりコミュニテイ作りに近い。

これからはそれを言語化していく必要性を感じています。「理想の社会縮図をコートに作りたい」という目標を少し達成できたかもしれません。次はそんなコート(空間)を多発させて、そのコートから出た時にそれぞれのフィールドに各々が波及させてほしい。そして参加者一人一人の同心円状に配慮の輪が広がるような

 

 

ここで皆様にご報告があります。

本日、ミキサーがJFAリスペクトアウォーズの「インクルーシブ賞」を受賞することとなりました。

推薦をしてくれた長谷川健に感謝します。

なんのしがらみも制限もなく、ただサッカーを楽しめる場を作りたいと始めましたが、多くの方の目に触れることとなった今、がっちりルールを固めなければ・・・

ということは全くありません。今までとおり試合中にルール変更しますし、運営もフットサルさせて頂きます。2on1(電動車椅子ルール)のファールを眞島哲也が嬉々としてとりにいきます笑

ただ、川崎AFPで毎回開催しているのには理由があります。ミキサーのような場を実現するにはバリアフリーのコートが必要です。ショートパイルの芝でコートまでフラット、多目的トイレがあって欲しいです。

この賞を受賞することで、そういった啓発にもなれば幸いです。同時に多少のバリアは配慮で超えられることも。

私たちは仕事をしながら有志のもと運営していますので開催時期も不安定ですが、開催を楽しみにしてくれている参加者が「わざわざミキサーじゃなくてもいい」となる日までマイペースに動いていきたいと思っています。

ミキサーに今まで参加してくれた皆様のおかげでJFAリスペクトアウォーズ「インクルーシブ賞」を頂くことができました。ここに改めて皆様へ感謝の意を表したいと思います。

 

本当にありがとうございました。

ミキサー運営 浅井徹

交流ツールとしての障害体験

「社会福祉法人同愛会」。自分が勤めている法人です。https://www.douaikai.com/

既存のサービスに沿うのではなく、「必要なモノ・コト」を提供しようというマインドのもと未踏の仕事を創ってきた歴史があります。

それは時にはどのサービスに当てはまらなかったものもありました。現在のグループホームというサービスはその中の一つです。

同じ理念の下働く仲間をお誘いし、先日フットサルをしました。

初心者が8割方のなか、全員が楽しい時間を過ごすことができるよう練習メニューを考えてみました。

今までの「福祉×FOOTBALL」の活動で得た経験を活かし、障害体験ができるような練習メニューや準備運動を取り入れた結果、普通のフットサルにはなりませんでした(笑)

前回のミキサーでブラインドサッカーの落合さん池田さんに教わった体験も取り入れてみました。うまくいかない楽しさをみんなで感じることができたのではないでしょうか。

試合でも今までに試したことのない形でブラインドルールを取り入れたところ、カオスな空気が生まれめちゃくちゃ笑った。

はじめましての人がほとんどのフットサルでしたが、横の繋がりがたくさん生まれた時間でした!

こんな交流のツールとしてのフットサルなんていかがでしょう?

ここから「配慮」を世界に向けて

平成最後のミキサーが終わりました。

「理想の社会縮図をコート上に作りたい」と思ってやってきました。

全然まだまだで何が必要なのかも自分自身分からないけれど、参加者のみんなからヒントを受け取ることができました。

サッカー好きが集まって一つのボールを蹴ることで、「楽しかった」という気持ち以上の感覚になった。参加した人なら共感してくれるはず。

勝つことは重要じゃなくて、ボールを通じてコミュニケーションを取る楽しさをみんなが体感できていた。そんなサッカーがあってもいいよね。

 

社会には多くの規制がある。ミキサーにもルールという規制をたくさん設けました。

浮き玉NG→電動車椅子の人は浮き玉が身体に当たることが事故につながることもある。

ウォーキングフットボール(ランNG)→多様な人がいるからフィジカルをフラットに

各チームにキャプテン指名→コミュニケーションを円滑にしてもらう

主審が旗を持つ→聴覚障害の人は笛の音が聴こえづらいから

大きいボールをビニール袋にいれる→電動車椅子の人は大きいボールでプレーするけど視覚障害の人は音がしないとボールの位置がわからない

電動車椅子の人と聴覚障害の人を同じチームにする→モーター音が聞こえないため接触リスクがあるが、味方だと自然と距離を取り合う

全員がボールに触れてからゴールしないと得点にならない→未経験者が置いてけぼりにならないように

経験者は2タッチ→初心者にボールに触れるように

あのコート上には様々な規制がありました。けれどそれは規制ではなく「配慮」。

ぼくらは配慮できないのではなくて配慮の仕方を知らないだけ。

「失敗をみんなで楽しむこと」がこの日みんなから受け取ったヒント。

フットボールを通じた未知なる社会実験がミキサーなのかもしれない。

偽善上等。それを打ち消す信頼関係がある。自分は障害者を差別していると自覚している。けれどそれは「差別」じゃなくて「区別」なんだと言われてまた前に進むエネルギーとなりました。

この川崎AFPから世界に「配慮」が拡がることを夢見て。

ミキサー運営

浅井徹

お初!出張ミキサー!

「‘み’んなで‘気’軽に‘サ’ッカ‘ー’しようぜ」の頭文字を取って「ミキサー」。「混ざり合う」という想いも込めてこう呼んでいます。

そんなミキサーも初開催から1年が経ち、イベントにお呼ばれして開催することとなりました。

障害有無を問わずに子どもが楽しめる場を提供することをミッションとしているNPO法人BLACKSOXが開催している横浜チャレンジスポーツ!にて子供達とフットサルを楽しむ場を作ることとなり、この日に向けてたくさんの準備をしてきました。

初めての試みに色々と苦心しましたが、当日たくさんの笑顔に出会うことができてとてもとても嬉しかったです!

当日は障害者サッカーの選手たちに集ってもらい子供達と一緒にプレイ!⚽️

アンプティサッカーからFCアウボラーダ新井誠治選手

脳性麻痺者サッカーから横浜BAYFC河野和輝選手

デフサッカーから日比秀則選手

デフサッカー元女子日本代表吉原和香奈選手

ソーシャルフットボールからFCPORT鈴木淳子選手

電動車椅子サッカーから永岡真理選手、中山環選手、近藤鉄平選手、石井俊也選手、西川明男選手

にご参加して頂きました!

 

子どもたちからの質問にそれぞれの選手が真剣に回答していてファシリの立ち回りをさせてもらった自分が一番勉強になったかも。

鈴木太郎横浜市議会議員による横浜チャレンジスポーツ!宣言では健常者と障害者のスポーツへのアクセス格差についてのお話が印象に残りました。

NPO法人トラッソスのエアスタジアムとのコラボレーションも実現!トラッソスさんは知的障害、発達障害の方のサッカーチームを運営している法人で、エアスタジアムというバルーン状のフットサルコートを設営することで、子供心をくすぐりまくってます。モトコーチ、臨機応変な対応流石です。

º

ミキサーはというと、、、怪我なく楽しんでもらえて本当によかった…今回の経験と反省を糧にこれからも皆さんに楽しんでもらえるようフットサル企画していけたらと思っています。

ゆりなちゃんもサッカーをプレイ。

横浜クラッカーズの電動車椅子体験は毎度大盛況ですごい!

かけっこ手加減なし!

手動車椅子でもプレイ!

次回の横浜チャレンジスポーツ!は5月26日に南区清水が丘公園体育館にて開催予定とのことです!

ある居酒屋の話

今日、長らく営業していた一軒の居酒屋が人知れず閉店をした。

自分が結婚をしてセンター南に住み始めたのが約3年前。センター南というニュータウンの住宅街の中に佇む赤提灯がぶら下がった古めかしい居酒屋。

天下のGoogleもYahooもこのお店の場所は特定させない情報社会からは隔絶されたそんなお店。

初めてお店を訪れた日は忘れもしない。

帰り道に自宅へ向かう帰路、誰も入った気配を感じさせないひっそりとした居酒屋にふと立ち寄った。

ガラガラと両開き戸を開ける、カウンターに座るおじいちゃんの後頭部と横顔が見えた。二人とも巨人戦に夢中で扉が開いたことに気づかないのかそもそも興味がないのか、全くの無反応。

「ここはお店ではない」と判断した自分はそっと扉を閉めて気を取り直して帰ろうと思ったその時、店主のおばあちゃんが「やってるよ」と声をかけてくれた。

その日は一杯だけ生ビールを飲んだ。その際に店主とは2、3回会話を交わしたもののとても静かな店内だった。

お客さん(今思えばヨネさんにマエダさん)も野球をジッと観戦していて自分がいる間は一言も発しなかった。

そこからだいぶ時間は経ち、ふと立ち寄った時、「お疲れさん」の一言と頼もうと思っていた生ビールがスッと提供された。

なんでもないように、また「なんで覚えてるんですかぁ」なんていう若者然とした言葉が無粋に思えるような空気が自分には新鮮に思えた。

5席のカウンター、2つの卓袱台に4つずつの座布団。家に帰ってくるようにどかっと座るおじいちゃんたち。

楽しまなきゃという焦りもなく、楽しませなきゃという接客もない小さな小さなお店。

そんな時代遅れのお店は時代遅れであることをまったく恥じることなく毎日地元のおじいちゃんたちの拠り所として存在していた。

25年前にとある夫婦が開いたこのお店はニュータウンがニュータウンになる前から赤提灯を灯し続けて来たらしい。

そのお店が今日を最後に閉店をした。20年は通っただろうヨネさんは最後に「じゃおやすみ」とだけ店主に挨拶をして一度も振り向かずに店を後にした。

主役と写真を撮り、何度も別れの言葉を交わすような最後しかみてこなかった自分にはヨネさんがめちゃくちゃカッコよく見えた。そのヨネさんに最後の挨拶もしない店主も。

和海さんありがとう。仕事の悩み家庭の悩みを聞いてくれてありがとうございます。「結婚記念日くらい花をプレゼントしな!」と言われ荷物を店に置かせてもらって花を買いに行ったのも良い思い出です。

こんないい笑顔をたくさん産んどいて知らんぷりのお母さんの生き方はとてもカッコいいです。

25年という月日をこんな静かに清算していいのかと自分は思ったけれど、仕事を終えるということはそんな大げさなことではないのかもしれない。

「明日も早いから閉めるよ」なんていって夜9時にはお客さんを出しちゃうそんな最後のお店があることを何だか伝えたくなり投稿しました。

【障害の有無を問わない日に向けて】

球舞として出演した横浜チャレンジスポーツ!。パフォーマンスにクリニック、フットサルを楽しんできました。たくさんの笑顔に囲まれてハッピーな空間に自分もU–taroも大はしゃぎ。

横浜チャレンジスポーツ!は全ての子ども達にスポーツの楽しさを伝えるイベント。

横浜チャレンジスポーツ!HP→http://www2.odn.ne.jp/cat03720/blacksox/YCS/YCS.html

午前は比較的身体的に重度の障害を持つ方も楽しめるコンテンツが多くありました。

【自分発見プロジェクトstudy in 屋台の森】

国語や算数、理科や図工などの教科を通した感覚遊び。自分が勤めるリエゾン笠間の近くの事業所の方が主催していてびっくり!

自分発見プロジェクトstudy in 屋台の森HP→https://yatainomori.amebaownd.com/

【風船バレー!】

親子で楽しんでいる姿が印象的でした。

【チャレンジテニス!】

BLACKSOXは定期的にこのチャレンジテニスを開催し、たくさんの方に楽しんでもらっているのです。

【ボッチャ】

今では多くの人に認知されているボッチャもたくさんの人が体験していました。

【電動車椅子サッカー体験会】

日頃応援している横浜クラッカーズのメンバーがいた!日本代表三上勇樹も体験者に優しくレクチャーしていました。自分で車椅子操作が難しい方も速度調整や広い空間があることで電動車椅子の操作を楽しまれていました。自分の意思で移動できた喜びって計り知れないなぁ。。

横浜クラッカーズHP→http://yokohamacrackers.iinaa.net/

【パラアスリート秦由加子選手】

パラトライアスロン日本代表の秦由加子選手。子ども達との交流を楽しまれていました。また、手話も上手で驚き!またどこかでお会いできたら嬉しいです。

【鈴木太郎横浜市会議員のチャレンジスポーツ宣言】

球舞が横浜チャレンジスポーツ!に出演するきっかけを作ってくださった鈴木太郎さん。福祉分野への造詣が深く広いフェーズで福祉を推し進めてくださっている方です。

鈴木太郎横浜市会議員HP→http://suzukitaro.com/

【トラッソスによるサッカーエアスタジアム】

東京にある知的障害者サッカーチームのトラッソスによるアトラクションコンテンツ!これは子どもが喜ばないはずがない(球舞メンバーも大喜び)!これから一緒に何かできたら面白いなと感じております。

NPO法人トラッソスHP→http://tracos.jp/

【球舞】

球舞はパフォーマンスとリフティングクリニックを!ボールを使った準備運動やボール取りゲームやドリブルリレーなどやらせて頂きました。技を成功させたキッズもたくさん!「失敗してもいいからチャレンジすることが大切」ってことが少しでも伝わったていたら嬉しいです。

球舞HP→http://www.cube-mau.jp

以上のように盛況に終わった横浜チャレンジスポーツ!。

障害者が参加できるイベントが増えたことはとてもいいこと。ここに至るまでにもたくさんの時間と努力があったはずです。

欲を言うならば、障害をもつ人が楽しめる場があることの先に「それが当たり前」であってほしい。「障害者も来ていいよ」という集客ではなくて、ハード面はまだしも(車椅子の方が来れるハードは最低限必要)、せめて運営者やその場に集まる参加者のソフトの部分、つまり心のバリアフリーはどこにでも用意されていて欲しい。自分はそのために学校などでFOOTBALLを通して心のバリアフリーを伝えたいと活動しています。

横浜チャレンジスポーツ!の主催しているNPO法人BLACKSOXの理念は競技こそ違えど、人に対するスタンスに共感する部分が多くありました。

横浜チャレンジスポーツ!の開催目的を以下に引用します。↓

開催目的 ミッション(めあて)

〇 様々な障がい児・きょうだい児・スポーツに親しんでいない健常児 みんなで一緒に『やってみる』『見てみる』を体験してもらい、全ての子ども達の生活の中にスポーツを通じ笑顔のある日々の定着を目指す。

〇 スポーツ・ボランティア未経験、障がい児者と接するのに慣れていない主に健常児親子・学生に『お手伝い』のコツの研修・実践の機会とし、コミュニケーションのルールや共感力を育む。

〇 子ども達がスポーツ選手・障がい者選手(パラリンピック選手)と触れることで相互理解、共感力を育む機会、応援するきっかけを作る。

〇 各スポーツ団体・選手の「様々な障がいを持つ子ども達への対応、健常児との関係性」などの情報交換、共有の機会を作り、子ども達の新しいスポーツ環境の整備を促す。

〇 学校・各区スポーツ協会・地域スポーツ団体などと連携し、事前研修・打ち合わせを定期的に開催。運営などに携わってもらい継続した地域スポーツコミュニティ・シビックプライドを醸成するきっかけとする。

全ての子ども達に『楽しい』『またみんなに会いたい』『またスポーツがしたい』と思ってもらう。

あくまで対象は「全ての子ども達」。そしてイベント開始前にボランティアさんを対象にブラインドサッカー研修をしていました。そしてボランティアさんには同じ場所で手伝いをしてもらうのではなく、各アトラクションをローテーションで回り、多くのコンテンツの手伝いを通してたくさんの気づきをボランテイアさんに提供していました。

ブラインドサッカー buen cambio yokohama HP→http://buencambioyokohama.com/

つまり、人手としてボランティアを募集しているのではなく、社会を良くしていく人を育てるという視点でボランティアを募集しているのです。今回小学校の先生が前日飛び入りでボランティア参加したようです。他のイベントでこれほどボランティアの成長を視野にいれたイベントがあるでしょうか。この先生には是非経験したことを学校の子供達に還元してもらいたいです。

イベントのためのイベントで終わらないところに横浜チャレンジスポーツ!の価値があると思っています。自分が携わっているミキサーもそういったイメージで運営をしています。

「障害の有無を問わず」という言葉をいれないとまだまだ障害を持った人は参加してはいけないのではないかと感じてしまっているように感じます。自分はフットボールでその壁を壊せる、人と人を繋いでいけると本気で思っております。

パスを繋ぐチームプレー、相手を考えたパス、本気でも緩くても楽しめるサッカーという身近なスポーツ。フリースタイルフットボールを通して心のバリアフリーをこれからも進めていけたらいいなぁ。

横浜チャレンジスポーツ!のようなイベントは本当に大切。次回も告知しますので、皆さん一緒に楽しみましょう!

NPO法人BLACKSOX HP→http://www.blacksox.jp

大学生に戻るなら絶対やることを大学生に話してきた

杉山健太郎さんと法政大学で講義してきました。

杉山さんとの講義は八王子の小学校から引き続き2回目。いいコンビ!?

杉山さんは生き方が面白い人なのでHPは要チェック→https://myaction-sugiyama.com/

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大学生への講義ということで今回は「自分が大学生に戻るならば」という視点を盛り込んでお話しをさせていただきました。

大学時代に自分に投資できる時間はどのくらい?

1万時間の法則

インプットとアウトプットについて

など偉そうに(笑)

要するに自分の興味ある好きなこと、夢中になれることは大切にして今後の人生に運用したらいいと思うよって話です。

もちろん障害者サッカーの話もさせていただきました。次はもっとボリューミーにお伝えできたらと思っております。

学生たちのリアクションもいい感じで手応え感じました。

そして杉山さんも相変わらずの杉山節でやってました(笑)

人生に大事なことをもろくそに体現しているのが杉山さんなので学生にもどストレートに伝わったんじゃないかな。

今回伊藤ゼミの皆様に遊び心もった講義をさせていただき感謝しています。

次回はリエゾン笠間の利用者さんと一緒にソーシャルワークⅡの講義でお話をさせて頂きます。

当事者講演や障害者サッカーを通じた障害理解のお話などを求めている方いましたらご連絡ください〜!

麗しき多摩キャンパス